『平成くん、さようなら』を読みました。

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冬はイルミネーションが好きです。

今年は山口だから、東京ほどないけど、こないだの地福集落の点灯式は最高だった。巨大な木二本に装飾。イルミネーションって電球だし、天然のものでもなんでもないのに、日本人もけっこう好きですよね。

『平成くん、さようなら』という小説を一気に読み終えました。

古市憲寿氏はSFC出身だし、いろいろとつながりがあって、身近に感じています。身近に感じてる人が本を書いてくれると、なんで書いたんだろうとかどんな気持ちで書いたんだろうとか、他の人のとは別次元のモチベで読めて楽しいので、彼の本を読むのが好きだし、彼が出てるテレビを観るのがけっこう好きです。家にテレビはないけど。

『平成くん、さようなら』は、人間味が溢れていたように思います。

便利さを追求する技術、が人の温もりを奪っていっているように語られがちですが、デジタルネイティブ感のある登場人物たちは、血の通ったコミュニケーションとして技術を使っているし、また技術に左右されながらも、目の前の人に向き合っている気がしました。

だから僕はけっこうあったかいお話だな、と思いました。

僕の父親はプログラマーで自称人工知能研究者で、10年前ぐらいに将来タイムマシンを作ると言っていました。どんなんかといったら、一人の人が亡くなった後も、その人と会話ができて昔が思い出せて、一緒に過ごせる、ロボットのようなものと言っていました。

平成くんの導き出した答えにすごく似ていました。

「ねえ、平成くん」を文頭にして、スマートスピーカーと会話しているようだった、登場人物たちですが、いざほんとにスマートスピーカーと話すと、どことない寂しさがありました。

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時代を背負って生きてきたとされる主人公ですが、昭和とか平成とか、本来大して自分の人生には関係ないはずなのに、無意識にすごい意識してますよね。

祖母は三重出身、大正15年生まれで、特養に入ってて、「周りの人はみんな昭和生まれなの。私だけ大正生まれで恥ずかしいわ」って言ってて、平成生まれの僕からしたらその違いが鬼のように実感湧かずに終わりました。一方で「え!平成生まれ??」とおじさまおばさま方に今でも言われて「若い」的な優越感に浸る下りが時々あって、平成にはあやかっています。

そんな平成ももう終わり。

僕が平成と自分のつながりを強烈に認識したのは、2013年の成人式の時。

成人直前の19歳の時に、前後の日かなんかに、関口浩のサンデーモーニングをテレビで観ていました。

そこで番組が特集を組んでいました。

「今週、成人式を迎える彼らは、まさに『失われた20年』を生きてきました。『失われた20年』を生きてきた彼らは、なにを感じているのか、インタビューしてみました」

と言って街頭インタビューの様子を流し始めて、なんて失礼な企画なんだ、とおもいつつも、前の時代と比べたら、そんな不遇みたいな時期を過ごしてきたんだなあと思いました。

いやまあだとしても、僕なりに頑張って生きてきた時間を、「失われた20年」とくくる「時代」についての議論はなんて暴力的なんだろうと思いました。

僕は平成5年生まれです。HKTの指原さんとかきゃりーぱみゅぱみゅと同い年。

僕の身の回りには、自分の人生を豊かにするためにしっかり目の前のことに向き合っている仲間がしっかりいます。そして少しでも自分の周りから社会を良くできたら、と一歩踏み出す仲間がたくさんいます。

「最近の若者は」という投げかけとは無縁な「平成育ち」たちと、たくさん語り合って一緒に仕事していきたいなーって思いました!

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