公務員の仕事は安定しているのか。ハラハラ

国家公務員試験合格の道のりは長く、険しい道だった。そして、就職が決まった今、心から嬉しく思っているしワクワクしている。

いざ、公務員に就職が決まったことを話すと、半分ぐらいの人が、「安定していていいねー!」という反応をする。

個人的に僕は全くそう思っていない。

どこが安定しているんだ。確かに民間の自由市場とは別軸にあるものの、全く安定を感じない、むしろ、すごくハラハラしている。

公務員の仕事が安定しているというのは、政府とかの現行体制が問答無用に「正義」というか「正解」というか「前提」として存在している前提だ。でもその根拠はどこにあるのか。今の政府だってルーツを辿れば明治維新。革命だ。多分江戸幕府の職員たちは一瞬にして、「安定」を失ったに違いない。しかも職員たちがみんな悪いことをしていたわけではない。正しいとされていた社会の前提に従って、やるべきことをやっていたら、それが、ある日から特に正義でもなんでもなくなったのだ。

もし民間で働いていたら、正義の定義づけは会社ごとに、個人ごとに堂々とやれる。そこは自分との対話で、いつでも変わっていいし、最終的に自分で自分に対して責任を取れば済む。自分を信じればいい。

でも公務員が「公務」たる理由は自分にはなくて、社会の仕組みにある。政府が政府であってくれるから自分は公務員であって、そこをどれだけ自分を信じて自分と対話して、僕がやっていることは正式な公務だと思ったとしても、社会がそれを認めなければ、通じない。自分の正義を、自分ではない社会の仕組みや他人に委ねなければいけない。まさしく「忠誠」を示す覚悟が求められるのだ。何を正しいとするかを他人に委ねるのだ。

こんな恐ろしい状況はない。やばい。ハラハラするのは、そんなことをするのが初めてだからだ。今まで、全部自分のために、自分だけの信念に基づいて行動してきた。その構造がいま、一気に変わろうとしている。

それでいて全力で忠誠を示して、頑張ったとしても、多分問題が発生したら、最終的にはその職業を選んだ自己責任だろうみたいなことを言われるのかもしれない。いいのだ。その覚悟はできている。それを楽しみたいぐらいだ。

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